中国で製造した自社ブランド製品を海外に輸出する際、多くの事業者が中国税関の「知的財産権登録」を、「模倣品対策の一環」程度にしか考えていないかもしれません。「うちは模倣品被害に遭っていないから、まだ登録しなくていい」「任意の手続きなら、コストをかけてまでやる必要はない」もしそう考えているなら、その認識は非常に危険です。中国の税関登録は、他社の模倣品を止める「攻撃」のためだけにあるのではありません。中国独自の「ホワイトリスト」制度の背景を理解すれば、この登録が自社の正規(ホンモノ)の製品を守り、サプライチェーンの生命線を維持するための「防御」、すなわち実務上「必須」の手続きであることが見えてきます。なぜこの登録を怠ることが、自社の正規輸出貨物を「差し押さえられる」という悪夢につながるのかを解説します。🛃 税関のジレンマ:「本物」と「偽物」が溢れる世界最大の港この問題の根底には、中国の税関検査官が直面する深刻なジレンマがあります。世界最大の「模倣品」輸出国: 中国は長年、知的財産権の侵害品が製造・輸出される主要な拠点と見なされてきました。国際社会からの取締り強化の圧力は非常に強いものがあります。世界最大の「正規」輸出国: 同時に、中国は「世界の工場」であり、毎日、天文学的な量の正規の製品(ライセンス品、OEM品、自社ブランド品)が輸出されています。税関調査官が港で「NIKE」のロゴが入ったコンテナを2つ発見したとします。片方は正規のライセンス工場から、もう片方は海賊版の工場からのものです。税関調査官は、この2つをその場で見分けなければなりません。もし、安易に「本物だろう」と通せば模倣品を見逃したと非難され、安易に「偽物かも」と差し押さえれば、正規のビジネスを妨害したと抗議されます。💡 解決策としての「ホワイトリスト制度」このジレンマを解決するために中国税関が導入したのが「ホワイトリスト制度」です。これは、税関が権利者に対し、以下のように言っているのと同じです。「我々はあなたの権利侵害品を取り締まりたい。しかし、あなたの正規のビジネスを邪魔したくはない。そこで、『誰があなたの正規のパートナー(製造工場、輸出事業者)なのか』を、権利者であるあなた自身が我々に教えてほしい。」権利者は、税関登録を行う際、自社の権利情報に加え、「この工場は正規の製造元です」「この輸出事業者は正規の取引先です」というリスト(ホワイトリスト)を登録します。これにより、税関調査官の仕事は劇的に単純化されました。輸出事業者がホワイトリストに「載っている」→ 「正規の貨物」と判断し、迅速に通関させる。輸出事業者がホワイトリストに「載っていない」→ 「模倣品の疑いあり」と判断し、通関を保留。権利者に通報する。😱 登録を怠った事業者を待つ「悪夢」ここで、冒頭の「うちは登録していない」という事業者に、何が起こるかを考えてみましょう。御社が中国の(素晴らしい)OEM工場Aに、自社ブランド製品の製造を委託し、日本へ輸出する手続きを取りました。御社は、税関登録(ホワイトリストの登録)を行っていません。貨物が税関に到着。調査官が御社の商標を確認します。調査官はシステムを照会しますが、御社の「正規の製造工場リスト(ホワイトリスト)」は存在しません。検査官から見れば、この貨物は「ホワイトリストに載っていない、出所不明の商標製品」です。結果、この貨物は「模倣品の疑いあり」として、通関が差し止められます。御社にとっては、100%正規の自社製品です。しかし、中国税関のロジックから見れば、それは「模倣品の疑いがある貨物」として扱われてしまうのです。この「誤認差押え」が発生すると、以下のような深刻な事態に陥ります。致命的な納期の遅延: 貨物は港に釘付けになり、通関解放手続きには数週間、あるいはそれ以上かかることもあります。高額な追加コスト: 港の保管料、税関対応のための弁護士・代理人費用など、予期せぬコストが発生します。取引先からの信用失墜: バイヤーへの納品が間に合わず、契約違反や取引停止のリスクに直結します。煩雑な証明作業: 真正な貨物であることを証明するために、製造契約書、ライセンス契約書、発注書など、膨大な資料の提出を求められます。結論:税関登録は「保険」ではなく「パスポート」だ中国の税関登録は、単なる「模倣品対策(攻撃)」のオプションではありません。中国独自の「ホワイトリスト」制度が積極的に運用されている現状において、それは自社の正規のサプライチェーンを守り、「我々は正規の事業者である」と税関に証明するための「パスポート」とも言える、不可欠な「防御」手続きです。「任意」とはいえ、中国で商標製品を製造・輸出する事業者にとって、この登録は、もはや「ビジネス継続のための必須のインフラ投資」であると断言できます。貨物が差し押さえられてからでは手遅れです。そのコストとリスクは、事前登録のコストとは比較になりません。自社のサプライチェーンを守るため、今すぐ自社の登録状況を確認すべきです。